2007年05月09日

私の生い立ち9

名古屋には学生寮の先輩が数人いた。就職したのは当企業グループ(創業慶長○年だって・・・地元では超優良企業として知らないものがいない)の双璧をなす1社の東京本社に次ぐ2番目の規模の名古屋事務所である。

社内報の冊子が寮生にも与えられていて、ちょうど名古屋の職場紹介が載せてあった。‘一致団結してセメントを担ぎ・・・’なななそんなあがく〜(落胆した顔)(著者の冗談だったことが赴任後判明)。

赴任前の不安な胸中を察して先輩が(夜間大学に通い後に卒業を果たす頑張屋)連絡をくれ、大変心強く感じた。わーい(嬉しい顔)

当初は50人近くが勤務していただろうか。独身寮に入れてもらったが十数人いた。元歯医者だかの自宅を譲り受けたものだ。女性もいたが近くの自社倉庫2階に寮母さん母子と別部屋で暮らしていた。

この後名古屋に11年弱住むことになるのだが、大半が寮生活であった。後々東京本社までエピソードが伝えられるような(本人は普通にしていたつもりなのだが)少し目立ってしまう行動もあったみたい。

同時入社は他大卒男性2名と高卒女性1名(地元在住)。‘おみゃあさんはよお’‘そうだがや’早口な名古屋弁に悩まされ、もともと聞き取り能力が弱かった(耳穴も狭く今特に顕著になった・・・病気のせいもあるか)ので、取引先との電話が多い営業内務から得意分野の経理関係へと異動した。

従来の処理方法・手順の欠点を改善を進め、ミスター改善マンとして上司に認められていった。わーい(嬉しい顔)
posted by ym834 at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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